水族館や動物園で見るアザラシは、まるで大きなぬいぐるみのように丸くてぷっくりとした体型をしています。コロコロと愛嬌たっぷりの姿に「かわいい」「癒される」と感じる人も多いでしょう。しかし、あの丸くてぽっちゃりした体型には、厳しい自然環境を生き抜くための知恵が詰まっているのです。本記事では、アザラシ全般の丸い体型の理由を、生理・生態的な側面からわかりやすく解説します。

厚い皮下脂肪は天然の断熱材

寒冷な海に暮らすアザラシにとって、一番の課題は体温の保持です。アザラシは毛が生えてはいるものの、実は体毛はとても短くて保温効果はそれほど高くありません 。その代わりに全身に分厚い皮下脂肪を蓄えており、体脂肪率はなんと50%以上にも達します 。人間の体脂肪率が平均20%前後、ブタでも約15%であることを考えると、その厚みが桁違いなのがわかります 。この厚い脂肪の層が断熱材の役割を果たし、氷が浮かぶような極寒の海でも体温を保って暮らしていけるのです 。

さらに、丸みを帯びたずんぐりした体つき自体も寒さへの適応です。一般に同じ体重・体積であれば、細長い体よりも丸い体の方が表面積が小さくなり、外部への熱の放散が抑えられます。アザラシのようにずっしりした体型は、いわば自然のダウンコートを着込んでいるようなものなのです。また、寒冷地の動物は耳や手足など突出部分が小さい傾向(アレンの法則)がありますが、アザラシもヒレ状の短い手足しか持たないため、末端から熱が逃げにくい利点があります。実際、野生のアザラシは冬に備えてどっしりと脂肪を蓄えることが知られており、夏場は70~80kgほどのゴマフアザラシでも冬には100kgを超える重さになるそうです 。こうして蓄えた脂肪のおかげで、真冬の冷たい海の中でも体温を奪われずに生きていけるわけです。

水中生活に適した流線型ボディ

陸上で見ると丸々と太って見えるアザラシですが、その体型は水中生活に最適化された形でもあります。アザラシは一日の大半を海の中で過ごし、魚などを追って長い距離を泳ぎ回ります。そのため、泳ぐ際に邪魔になる体の突起を極力なくした流線型の体つきをしています。首が短く胴体と一体化し、手足もヒレのように短く幅広い形で水の抵抗を受けにくくなっているのです 。このフォルムは水中では理にかなっており、その反面、陸上では移動が苦手になるほど徹底しています 。いわば「水中のアスリート」向けにデザインされた体なのです。

また、脂肪が多いこと自体も水中での移動効率を高めるメリットがあります。脂肪は筋肉や骨よりも密度が小さいため、体内の脂肪が増えると浮力が強くなり、逆に痩せて脂肪が少ないと沈みやすくなります 。ある研究では、アザラシが痩せた状態(浮力が負の状態)から太って中性の浮力になるまでの間、泳ぐためのエネルギー消費(遊泳コスト)が次第に減少し、中性浮力のときに最小になることが報告されています 。つまり、脂肪を蓄えてちょうど沈みも浮きもしない状態になると、余分なエネルギーを使わずに効率よく泳げるのです 。その結果、潜水中により長く行動できて、たくさんの獲物を捕る時間を確保できるとも考えられています 。

こうした体のつくりのおかげで、アザラシは水中で驚くべき機動力を発揮します。普段はゴロゴロ寝そべっている印象の彼らですが、ひとたび海に入れば驚くほど素早く泳ぐ俊敏なハンターです。水族館で実際に観察すると、あの丸い体が信じられないスピードでビューンと泳ぎ回る様子に目を見張るでしょう 。水にぷかぷか浮かんでいる姿はまるで小さな潜水艦のようですが、一度泳ぎ出すと目で追うのも難しいほどです 。陸上の「のんびり屋さん」から水中の「スピードスター」へと一変するギャップも、アザラシの魅力と言えるかもしれません。

脂肪はエネルギーの貯蔵庫

アザラシにとって皮下脂肪はただの防寒具ではなく、エネルギーの貯蔵庫としても重要です。海で暮らすアザラシは獲物が豊富なときにたっぷり食べて脂肪を蓄え、獲物が少ない時期や繁殖シーズンなど食べられない期間をその蓄えで乗り切ります。たとえば繁殖期には、オスのアザラシはメスを巡って陸上で縄張り争いをし、メスも出産・授乳のため長期間海に出られません。その結果、メスで20日間、オスでは50日近くも一切エサを食べずに過ごす(絶食する)ことさえあります 。この間、彼らは自分の体に蓄えた脂肪を少しずつ消費し、それをエネルギー源として生命活動を維持するのです。

また、蓄えられた脂肪は次世代を育てるためのエネルギー源にもなります。アザラシの母親は出産後、自身もほとんどエサを取らないまま赤ちゃんに授乳をします。その母乳は脂肪分が非常に濃厚で、成分の約60%が脂肪分という超高カロリーなミルクです 。この栄養たっぷりのミルクを飲んだ子どもは、わずか数週間で生まれたときの4倍もの体重に成長するほど急速に太ります 。親が蓄えた脂肪のおかげで子どもは短期間で丸々と育ち、生きていくための十分なエネルギーと断熱能力を身につけられるのです。

丸い体に秘められたサバイバル戦略

このように、アザラシの丸くてぷっくりとした体型には、寒さから身を守り、水中を自在に泳ぎ、エネルギーを蓄えて生き抜くための戦略が凝縮されています。私たち人間にはただ可愛らしく映るそのフォルムも、実は厳しい環境に適応した結果なのです。とはいえ、ぽてっとしたお腹やつぶらな瞳でこちらを見つめてくる姿に「やっぱり可愛い…」と感じてしまうのも事実でしょう。アザラシたちの愛らしい見た目は、こうした生存の知恵の“副産物”と言えるかもしれません。厳しい自然を生き抜くため丸く進化した体が、見る者の心をほっと和ませてくれる──アザラシは私たちにとって、まさに癒しと驚きが詰まった存在なのです。

参考文献・出典: アザラシの体温維持に関する鶴岡市立加茂水族館の解説 、ゴマフアザラシの体脂肪率や季節による体重変化に関する飼育担当者のコメント 、水中での抵抗を抑える体型についての旭山動物園の解説 、浮力と遊泳効率に関する国立極地研究所の研究  、バイカルアザラシの生息環境と泳ぎに関する記事  、およびハイイロアザラシの繁殖期の断食・母乳に関する報告 を参照しました。