
アザラシ好きにとって、「かわいい」は入口であってゴールじゃない——そう感じる瞬間があります。水族館でのんびり寝そべる姿にときめいた次は、「野生のアザラシはどんなふうに生きているんだろう」「人と出会ったら、どうなるんだろう」。その「もう一歩」を、物語の力でぐいっと近づけてくれるのが、ジュディス・カー作・絵『アルバートさんと赤ちゃんアザラシ』(徳間書店)です。
しかもこちらの本は著者の父親が実際に体験した出来事をもとに描かれたお話。90歳を過ぎて出版されたという背景も含めてじわじわ胸に沁みます。
抱えこまない優しさ——幸せの形を問い直す物語
舞台は海辺の町。仕事を辞めて生きがいをなくしたアルバートさんが、海へ出かけた先で野生のアザラシの親子に出会います。お母さんアザラシに甘える赤ちゃんの姿は、想像するだけで頬がゆるむ可愛さ。ところが数日後、母親アザラシは銃で撃たれて死んでしまい、赤ちゃんはひとりぼっちになってしまいます。このままでは生きられないと感じたアルバートさんは赤ちゃんを連れ帰り、動物園に引き取ってもらおうとします。ここから先は、ただのいい話では終わりません。赤ちゃんアザラシとの暮らしは想像以上に大騒動で、アパートはペット禁止、しかもうるさい管理人までいる。見つかったら一発アウト、それでも守りたい——そのハラハラが読者の手を止めさせません。
この本の魅力は、アザラシが癒しのアイコンだけでなく、生きものとしてしっかり存在しているところです。人間の都合とは無関係に、赤ちゃんはお腹がすくし、鳴くし、動くし、予想外の事件を起こす。読んでいるうちに「アザラシって、かわいいだけじゃない。当たり前だけど、ちゃんと野生動物なんだ」と実感が積み重なっていきます。そして同時に、アルバートさん自身も少しずつ変わっていきます。守ることは抱えこむことじゃない。幸せは人間視点のいい感じの結末だけじゃない——ラストに向かうほど、その優しい視点が効いてきます。
作者が「願いを込めて描いた感動の物語」と紹介されているのも納得です。
90歳を超えて描いた願い——実話から生まれた温かな重み
挿絵が随所に入った読み物なのでテンポよく読めて、対象は「小学校低中学年〜」とされつつも物語の芯の深さは大人の胸にもきちんと届きます。ジュディス・カーは英国を代表する絵本作家で、ナチスの迫害を逃れて家族とともにヨーロッパを転々とし、最終的に英国へ渡った人。そんな背景を持つ彼女が90歳を過ぎて世に出した作品だからこそ、言葉は静かでも守りたいものへのまなざしが強いと感じました。
冒頭でも触れたとおり、本書は著者ジュディス・カーが父親が救おうとした赤ちゃんアザラシの実体験をもとに願いを込めて描いた物語です。
だからこそ一つ一つの出来事に手触りがあり、読み進めるほど「こんな出会いが本当にあったんだ」と胸が熱くなります。ラストはじんわりと感動が広がって、読み終えたあともしばらく余韻が残ります。
そして何より、「アザラシと一緒に暮らしてみたい」と一度でも考えたことがあるアザラーにはたまらない一冊です。夢みたいな日々の可愛さと、現実の大変さの両方が描かれるからこそ「好き」がいっそう深まります。

書籍情報
著者:ジュディス・カー 作・絵、三原泉 訳
発売日:2017/05/17
出版社:徳間書店
ISBN:9784198644093